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松山地方裁判所宇和島支部 昭和34年(ワ)125号 判決 1960年7月15日

原告 国

訴訟代理人 大坪憲三 外二名

被告 三好義幸

主文

原告の訴を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告指定代理人は「被告は愛媛県東宇和郡野村町大字鎌田字エノコ乙番地耕地百四十四番地第三宅地三十一坪四合七勺(以下本件宅地と略称する)地上にある家屋番号四十二番ノ二号木造杉皮葺平家建居宅一棟建坪十五坪の建物(以下本件建物と略称する)から退去せよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め請求原因として

第一、原告は、昭和三十年十二月一日、建設省起業鹿野川ダム建設の必要上訴外松井トクから本件宅地を買収すると共に同日本件建物につき、その所有たる右訴外人及び同建物に居住していた被告と夫々物件移転契約を締結し、昭和三十一年四月四日被告に対し補償として金八万四千四百八十九円(動産移転費金一万六千七百八十九円、旅費金六万七千円)を支払つた。

第二、右契約によれば、被告は昭和三十一年三月三十一日までに本件建物内外の一切の物件を他に移転して立退くことになつており、その後被告は大部分の家財道具は搬出したのであるが、たまたま右訴外人との間に紛争が起つたことに事よせ、一部の物件を同建物内に残したまま督促にもかかわらず同建物より退去しないのでやむなく同建物から退去を求めるため本訴に及んだものであると述べ、なお被国の本案前の抗弁に対する答弁として

第三、被告が本件訴提起後である昭和三十四年十月中に本件建物から退去したことは認めるが、右退去は被告が当庁昭和三十四年(ヨ)第六三号仮処分申請事件について発せられた仮処分命令の送達を受けたので右命令に従つたまでのことであり、なお右仮処分とは別に本案訴訟につき判断を受ける利益は失われるものではないと述べ立証として甲第一号証乃至三号証を提出し、証人玉井正素の尋問を求めた。

被告訴訟代理人は本案の抗弁として、原告は本訴において、被告に対し本件建物からの退去を求めているのであるが、被告は訴外松井トクが原告の求めに応じて本件建物を収去したため、自己もまた昭和三十四年十月頃やむなく本件土地から退去したものでもはや本件訴訟の目的物たる本件建物は存在せず、しかも被告としては自己に対する当庁の仮処分命令の執行によつて本件建物を退去したものでもないのであるから本件は訴の利益を失つたものというべきであるから訴の却下を求めると述べ、次いで本案につき「原告の請求を棄却する。」との判決を求め答弁として、

第一、請求原因事実中原告がその主張の日時に本件宅地を買収し

たことは認めるがその余の事実は否認すると述べた。

立証<省略>

理由

先づ被告の本案前の抗弁について検討してみる。

第一、被告が本件訴提起後である昭和三十四年十月頃、本件建物から退去した事実については当事者間に争はない。ところで問題は、被告の本件建物からの退去が当庁昭和三十四年(ヨ)第六三号仮処分申請事件について当庁が発した仮処分命令の執行に基くものであるか否かの点にかかるのである。しこうして右仮処分申請事件につき、当裁判所が昭和三十四年十月九日付で被告に対し本件建物からの退去を命じ、且つ右命令送達の日から五日以内に被告において退去しない場合は原告の委任した執行吏がこれを退去させることが出来る旨の仮処分命令を発したことは当裁判所に顕著な事実であり、また被告本人三好義幸の尋問の結果によれば、その頃右仮処分決定正本が被告に送達されたこと、右送達後二、三日経過した頃、建設省より依頼された大工、人夫達が被告方に来訪して本件建物からの立退きを被告に催告したので被告としても本件建物から立退く理由はないが右立退きに伴う補償金は別途に請求すれば足ると考え、右催告に従つて本件建物から任意に退去したこと等を認めることができるのであり、右認定に反する証拠はない。

第二、しこうして被告の本件建物からの退去が前記認定のような事情の下に仮処分命令の強制的実現(執行)の段階に至らずに被告自らの手で任意に行われた以上、もはや原告において本訴訟を遂行する利益を有しないものというべきである。もつとも、仮処分はその命令の執行がなされたとみるべきであるとの見解もあるが、我が民事訴訟法上は如何なる意味においても、仮処分命令の言渡又は送達がなされたに過ぎない段階においては、該仮処分命令の被申請人が仮りに心理的圧迫を感じてこれに従つたとしても、これをもつて仮処分の執行が行われたとみるべきではないと考える。

以上の次第であるから被告の本案前の抗弁は理由があるというべく、従つて本件は訴の利益がないからこれを却下すべきものとし訴訟費用については民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 遠藤朗 乗金清七 大野孝英)

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